佐々木の主張

佐々木賢治の主張を、皆様にお伝えいたします。

教育、青少年犯罪、被害者救済に向けての活動 2000年12月1日

これは、愛知県の5500万恐喝事件、その他の少年犯罪、及び警察の対応に関し世に警鐘を鳴らし、正義の通社会を目指して、昨年12月1日栃木県警担当警官を宇都宮地方検察庁に告発した時の手紙です。

警察官の過失致死罪を問い、被害者救済制度の確立を目指した佐々木 賢治の活動の一環です。尚、佐々木はこの中にも述べているように、警視総監賞を受賞する等警察活動にはこれ迄協力していますが、同時に警察の失態についてはそれなりの責任を求める立場です。尚、昨年末、宇都宮地検はこの告発を受理致しました。

[告発状はこちらです]


〒 320-0036
宇都宮市小幡二丁目一番十一号
宇都宮地方検察庁 検察官殿

栃木県警当者告発状参考書類
被告発人 栃木県石橋警察署勤務の故須藤正和氏殺害時件担当警察官
その住所・氏名は不詳

平成12年12月1日

平成11年12月2日栃木県市貝町の山林で須藤正和氏が、2ヶ月を越える監禁、虐待、七百万円を超える金額を脅し取られた上惨殺された事件は、一国民として憤慨に耐えないものです。被害者自身の無念さは勿論、その間救出のために努力された須藤さん御夫妻のお気持ちを考える時、又同一種類の犯罪を未然に防ぐためにも社会的に適切なる方策を講じ、断固たる厳罰を持って処置すべきと考えます。この事を一国民として、その権利を行使し正式な法的手続きを持って、関係当局に訴えると共に、併せて広く国民識者に訴えるものです。

特に今回の事件の経緯を一国民として入手可能な情報に基づき調べるにつけ、返す返すも残念な事は、適切なる処置が警察、担当警察官によって事前に取られていれば、未然に防ぐことが容易に可能であったと考えられる事です。故須藤正和氏のご両親が、関係者の証言、証拠を基に警察に何度も対応を要請したにも関わらず、その要請を無視し、結果として正和氏を死に至らしめたのは過失致死罪に当たるものと考え、ここに検察当局の厳正なる対応を要請するものです。即ちこの須藤正和氏事件に対して適切なる処置を取らなかった栃木県石橋警察署、並びに同警察署勤務の担当警察官を刑法第二一一条(業務上過失致死罪)に該当すると考え、被告発人の厳重な処罰を求めるため告発します。

ここ1,2年警察の不手際が事態を一層深刻にしたと思われる事件が幾つか報道されています。地元愛知県での少年による5500万円恐喝事件を初め、新潟県の少女監禁事件、更には埼玉の女性殺人事件、その他枚挙に暇がないほど警察の対応の不手際が報じられて来ました。しかしながら、その後の警察の対応と処分は、はなはだ厳正さに欠け、国民の信頼を裏切るものです。時間と共に歴史の闇に消え去ろうとしています。しかしながら、もし現状の国民の不審と不満を見過ごし、現在の警察の無責任体制を容認し続けるならば、長年培って来た国民の警察への信頼と順法精神は、揺らぎ法治国家として禍根を残すことになります。

又一方では、日夜勤務に精励し、努力を重ねている大多数の一般警察職員、並びに過半の警察幹部職員も現況の状況が続く事に対して危機感と憂いの気持ちを持ち、悔しい思いをしている事を、私は理解しています。しかしこういった関係者が自ら、この現状を外部に訴えたり、又内部的に厳正なる処罰を求める動きを明確には示していないのははなはだ残念な事です。一部の退職警官を除き、警察内部の関係者が問題点には気づきつつも立場上はっきりとした批判を表沙汰に出来ない事は、理解できなくはありません。しかし、一度国民の警察に対する信頼が失われてしまえば警察は機能しなくなる事を検察、並びに警察当局者は理解され、厳正なる処罰を求めるものです。

須藤正和さん殺害時件に関して本年5,6月に掛けて巻き起こった警察批判も時間の経過と共に薄らぎ表面的には沈静化していますが、これは警察に対する不信の沈潜かです。国民の警察不信、無力感の現れに過ぎません。国民の警察に対する信頼を取り戻し、ひいては検察への信頼を取り戻すためには法治国家として法の維持執行者に対する厳正なる処罰も行うべきと考える次第です。

警察、検察、裁判所の社会的役割は、病気と医師との関係にも例えられるものです。社会的疾患に対して法律に基づき厳正なる処置を行い、国民生活を擁護し、健全なる社会を維持、育てていく役割が、警察、検察、裁判所に求められている事は、私如きが述べる迄もなく関係者は充分に理解されているものと思います。

病気に苦しむ患者を診断し、治療を施し、時にはメスを入れ、予防的処置を行い、社会的罹病の拡大を防ぎ、個々の患者の生命を救済するだけでなく広く国民全般の救済を目指す医師と同様な役割が、社会的な犯罪に対して警察、司法関係者には求められています。その役割を果たすべき警察、司法関係者が適切な処置を怠った結果、一国民を死に至らしめ、犯罪の犠牲者とならしめた場合、医師の医療過誤の場合と同様、その担当責任者の過失を問うべきだと思います。

特に栃木県の故須藤正和氏の場合は、須藤さん御夫妻の提出されている多数の状況証拠、やり取りから判断するとき、“担当警察職員の対応行為は警察職員として通常要求され必要とされる注意義務、適正な判断能力に欠け、誤った独断と先入観による過失、注意義務違反”である事は歴然たる事実です。こういった注意義務違反、過失によって一国民を死に至らしめた事は歴然たる事実です。これは警察官としての単なる職務怠慢というだけでなく、職務上の過失致死罪にあたるものと考えています。二度とこの様な不祥事を起こさないために検察当局は厳正なる原因の捜査、究明を行い、改善すべき点は改善し、そして国民への「謝罪と信頼に答える証」として厳罰を持って対処される様要請する次第です。

私は個人的にも、時には当方の身の危険も省みず社会的暴力、不正と対決し、かっては警視総監賞を授与された事もありますが、多数の国民が、警察、検察を信頼し自らの安全を国に委ねている事実を深く理解され、その信頼に足る警察を育て、又国家として明確なる責任を果たしていく事を示すためにも、検察当局は適切なる対応を法に照らして執られる事を要請するものです。

特に今回の栃木県警の問題は主犯の父親が栃木県警に勤務し、又かって今回の主犯当事者が別件の傷害事件を引き起こした際、父親自らが被害者宅を訪問し示談にした事があるとの経緯も報告されています。このことも、考えて見れば、警察官としてはなはだ思慮に欠けた行為であり、結果として被害者、並びにその回りの関係者に対して、警察組織と加害者の関係に疑念を抱かせた行為であったと思われます。一般国民の意識の中には、「本事件の主犯加害者が現職警官の子弟であった事が、担当警察官、並びに警察当局の対応に影響を与え、須藤さん御夫妻の地道な嘆願と要請にも関わらず警察の対応が遅れた」との不審が多分にある事を厳正に受け止められるべきと思います。こういった国民の不信を関係者は深刻に受け止め、理解され、厳正なる捜査を行われる事を求めるものです。

私は、マスコミ、法曹関係者、警察庁、警察組織、司法関係者より、この問題について声が上がり、当然過失致死罪適応による、厳正なる捜査が行われるものと期待して来ました。しかし、故須藤正和氏の一周忌を迎えようとしているにもかかわらず、現在の所その様な動きは見えず、やがて世論の風化と共に表面的には忘れ去られ、国民の警察、ひいては司法に対する不信感だけが澱の様に深く沈潜する事を、危惧し恐れるものです。死屍となった被害者は忘れ去られ、関係責任者は何の法的責任も追求されず、加害者の訴えによる上告審だけが進められている現在の状況は余りに片手落ちに過ぎます。関係責任者への過失致死罪摘要を立件するための厳正な捜査を重ねてお願いする次第です。

最後になりますが、現在の日本においては、不法な犯罪者に対して、一般国民には自衛のため手段が許されておらず、警察力の行使と警察に対する信頼のみが国民が犯罪から身を守る唯一の拠り所である事に十分配慮された法的対応を求めるものです。武器を携帯し、徒党を組み一般市民宅に押し入る様な事犯に対して国民は、何等適切なる自己防衛手段の携帯を許されてはいません。それを国民が容認しているのは、警察、並びに検察の厳正、適切、かつ迅速なる対応に対する信頼そのものです。その根幹を揺るがすような事件、警察の怠慢が多発していることを、警察当局、並びに検察、司法当局は厳正に受け止めるべきである事を最後に付言し、改めて今回の事件関係者に対する厳正なる対応を要請するものです。

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